技を支える vol.352 一品一品ていねいに仕上げるこだわりの傘づくり 洋傘職人 奥田(おくだ)正子(まさこ)さん(77歳) 「学んだことを、ただそのとおりやるだけではなく、自分なりのやり方を加味して、よりよいものづくりを目ざしてほしいと思います」 会社を経営しながら自らも伝統工芸士として活躍  江戸時代後期に日本に伝わった洋傘は、明治に入り、東京の職人たちによって試行錯誤が重ねられ、独自の手法で生産されるようになった。それが「東京洋傘」だ。2018(平成30)年には東京都の伝統工芸品に指定されている。  いま、傘の生産地は中国が中心だが、自社で工房を立ち上げ、東京洋傘の伝統技術を受け継ぎ、職人の手による品質にこだわった傘づくりを行っているのが、東京・日本橋茅場町(かやばちょう)にある株式会社市原(いちはら)である。  「自社ブランドの紳士傘を中心に、企画から製造、販売まで一貫して手がけています」  そう話すのは、代表取締役の奥田正子さん。同社は奥田さんの父が1946(昭和21)年、紳士向けの服飾雑貨を製造・販売する会社として創業した。奥田さんは2005年に4代目社長に就任。経営をになうかたわら、東京洋傘の伝統工芸士として、傘づくりにたずさわっている。 美しいフォルムを実現するための技  洋傘の製作工程は、材料の選定から裁断、縫製、仕上げまで多岐にわたる。なかでも重要なのが、生地の特性を見きわめて裁断することだという。傘は骨が8本なら、8枚の三角形の生地(こま)を裁断し、縫いあわせて1枚の傘カバーに仕立てる。  「生地は種類や織り柄によって伸縮性が異なります。それを計算に入れて裁断しないと、傘を開いたときの美しいフォルムは実現できません。そのため、当社では生地の種類ごとに異なる木型をつくり、さらに柄をあわせるために1枚ずつ裁断するようにしています」  百貨店などで販売する同社の主力商品は、もう一人の伝統工芸士が担当し、奥田さんはおもにサンプルや注文品などの一点物を担当する。例えば61ページ写真の左は大島紬の反物から、右はちりめんの着物から仕立てたものだ。一点物の場合、つねにその生地にあわせた型が必要になる。奥田さんは、長年服飾業界にたずさわってきた経験をもとに、生地の伸び率をふまえて計算し、最適な寸法の型紙を起こす。そして、柄がきれいにあうように生地を裁断して縫製する。  東京洋傘の特徴の一つに「関東縫い」がある。三角形の生地同士を、傘の下側にあたる面積の広い方から縫っていく関西縫いに対して、上部にあたる細い方から縫っていく方法で、仕上がりが美しいとされる。しかし、上から縫っていくと、後から縫う広い面がずれやすい。ずれないように生地をうまく調製しながらミシンをかけるのも、経験のなせる技といえる。 技術の継承は「務め」と心得て後進の育成に尽力  奥田さんは小学生のころから洋服をつくるほど手先が器用で、大学で被服を学んだ後は、ニットデザイナーとして活躍。1985年、家業である市原に入社した。当初は経理を担当していたが、もともと洋裁好きだったこともあり、自然と傘づくりへの興味を深めていく。さまざまな傘職人から技術を学び、そこに自身の経験やセンスを加えて腕を磨いてきた。  そんな奥田さんが近年、力を注いできたのが洋傘職人の育成だ。東京洋傘の伝統工芸士は10人に満たない。その技術を絶やさないために、「傘職人養成講座」で同社の伝統工芸士2人が講師となり、これまで50人近い職人を育てた。一定の成果を上げたことから講座は終了したが、いまでも希望者がいれば教えるという。  「私自身も先生方から習ったように、技術の継承は自分の務めだと思っています。技術は基本を大事にしつつも、時代や環境の変化にあわせて工夫を重ねることが大切です。傘づくりも、ただ教わったとおりに続けるのではなく、世の中の変化にあわせて柔軟に進化させていく姿勢が求められます。特に、いまは使い捨ての時代ではありませんから、資源の大切さに配慮したものづくりができる職人が育ってほしいと願っています」 株式会社市原 TEL:03(3669)2061 https://ichihara-1946.com (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション 経験が重要な工程の一つが生地の裁断だ。生地によって伸び率が異なるため、それを考慮した型をつくり、その型を使って生地を1枚ずつ裁断していく 市原がつくる洋傘には、甲州織の生地や天然木のハンドルなど、職人のこだわりが詰まっている(写真提供:株式会社市原) 生地裁断用のカッター。右は奥田さんが長年愛用してきた小刀。くり返し研いで刃が短くなっている 三角形に裁断した生地2枚を、チェーンステッチで縫いあわせる。その際、上の生地と下の生地で進み具合が異なるため、柄がずれやすい。そのため、二つの生地がずれないように生地を引っ張り調整しながら縫っていく 三角形の生地を8枚縫いあわせると、傘のカバーができあがる。中心部分の中棒を通す穴の周囲を補強するための「天かがり」は手で縫いあわせている 生地の裁断に用いる木型。生地によって伸縮の度合いが異なるため、市原では同じ骨を使う傘でも、生地の種類ごとに木型をつくって対応している