2 高齢者を技能伝承の担い手にするには?(能力開発に関する改善)

知識や技能、経験が豊富な高齢者は若年者や中堅社員のお手本になる人材であり、彼らの持つ豊富な財産を次世代に引き継がせるための技能伝承の仕組みづくりが必要です。一方、高齢者自身も60歳以降の活躍のためには新たな技能を身につけることが求められます。たとえ従来と同じ仕事を続けるにしても設備や技術が変わることがあるからです。それだけではありません。高齢者が次世代の師として後継者育成に活躍するためには教え方を体得する必要があります。このように能力開発の側面では次世代を担う人材の能力開発に加え、高齢者自身の能力開発も必要となります。

高齢者を技能伝承の担い手にするイメージ画像
  1. 【主な対策】
  2.  対策1.中高齢者と若年者のベストミックス体制を実現する
  3.  対策2.高齢者の技をマニュアル化する
  4.  対策3.高齢者に技能伝承の方法を学ばせる
  5.  対策4.高齢者自身も新たな能力を身につける

各業界の取り組み

対策1.中高齢者と若年者のベストミックス体制を実現する

【提言】 高齢者と若年・中堅従業員をペアにする 《平成27年 金属工作機械製造業》

経験豊かな高齢者を若年者や中堅従業員とペアにして技能伝承を進めます。高齢者と若年・中堅従業員がいつも行動を共にする方法もありますが、普段は別々に仕事をしながらも、必要な時に教えてもらえる相手を決めておく方法もあります。

【事例】 高齢者と次を引き継ぐ従業員がペアで仕事をする 《平成27年 金属熱処理業》

75歳の従業員が1人で高周波焼入れを担当しており、フルタイム勤務で働いている。将来の退職に備え、次の担当を指名されている50歳代の従業員と一緒に仕事をさせ、技術や技能習得のための機会を設けるようにしている。

【事例】 指導役のベテラン従業員はフリーな状態でいつでも指導できる 《平成27年 金属熱処理業》

金属熱処理の技術・技能は、職人技ではなく、知識や経験が求められるケースが多い。昨今の熱処理加工は設備産業の側面もあり、素材や顧客の要求レベルに応じて、どの設備を使い、どのように操作、コントロールしていくかが重要であり、その判断や手順を実行するためには知識と経験が必要である。また、設備を常に正常な状態に維持管理すること、異常に対する対処方法や解決方法等、生産管理の知識や技術も求められる。こうしたベテランの従業員が担当していた仕事をあえて有望な若手従業員にさせることにより、負荷を与えながら、個別に指導、教育を行っている。指導役のベテラン従業員は、仕事を固定せず、フリーな状態でいつでも指導できるようにしている。

【事例】 中堅社員に伝承の間を取り持つ「通訳」の役割を果たしてもらう 《平成27年 金属熱処理業》

熟練した技術・技能を持つ高齢者に若年社員を付けて一緒に仕事を行う機会を設けることで、技術・技能を継承させたいと考えている。高齢者に付く若年者は誰でもよいというわけではなく、若年者の中でも専門技術や技能を修得したいという意欲や資質のある人を付けるようにしている。
高齢者が持つ技術・技能を30歳代後半、40歳代及び50歳代の管理職や幹部社員が引き継ぎ、吸い上げることで、その下の中間層、若年層に継承していくようにしている。

【提言】 忘れてはならない営業系の技能伝承 《平成27年 金属工作機械製造業》

高齢者雇用の意義として指摘されることの多い若年・中堅従業員への技能伝承ですが、製造現場の技能伝承とともに営業系従業員の技能伝承の重要性を痛感している会社が多いのも工作機械業界の特徴です。その背景には、営業職務の特殊性があります。顧客企業担当がチームではなく個人ベースの場合、顧客に関する情報や利業戦術は営業担当者個々人に集積されます。定年間近の者のノウハウは早急に後任に伝えられねばなりませんが、人員不足の中ではそれがままならないからです。営業担当社のノウハウを営業チームに移転させるなど、組織としての営業部門に蓄積する努力もなされていますが、営業担当者の定年退職が販売力低下につながりかねないという危機感を多くの会社が持っています。営業人材の技能伝承も忘れてはならないのです。

【事例】 高齢者と障害者が助け合いながら働く職場づくり 《平成22年 豆腐・油揚製造業》

工場の作業内容をできる限り細分化して単純化を図り、障害のある社員にもできることは任せるように根気よく時間をかけて訓練し、高齢従業員の体力的負担を軽減するように工夫しました。高齢従業員は、まだ社会で役に立ちたいという思いが強く、自分たちをいつまでも頼りにしてくれる人がいる、ということがやりがいにつながっています。

【事例】 ベテラン従業員と若手従業員のペア就労 《平成26年 鍛造業》

鍛造品は“みるコツ”が重要であり「この筋が鍛造品としての欠陥なのか、当たり傷なのか」の判断は難しく、現場での経験やノウハウが必要です。そこで、ベテラン従業員と若手従業員をペアにして仕事をさせることで若年従業員の成長を促していきます。ベテラン従業員には「手は出さないように、若手にやらせるように」とお願いしています。

【事例】 マニュアル化できない技術・技能の伝承 《平成25年 自動車車体製造業》

鋼鈑に溶接等の加工をした後の歪みを取るためには、高年齢者が長年の経験で培ってきた“手の平の感覚”や“熟練したハンマーの打ち加減”が必須です。それらはマニュアル等では表現できないため、若年層に対して高年齢者がOJTで技術・技能の伝承を行っています。

【提言】 伝承の重要性を周知し、指導者を明確にする 《平成26年 ホテル業》

教えるべきことが若年層に十分に伝えられなければ、長年の経験で高年齢従業員が培った技術やノウハウは忘れ去られてしまうことになり、ホテルにとっては大きな損失につながりかねません。ホテル側は、伝承の重要性を周知すると同時に、高年齢従業員の役割や立場を明確にし、若年層に遠慮なく技術やノウハウが伝承できる環境を整えることが大切です。

ホテル側からの働き方のポイント

【Check】 若年層や中堅層と高齢層の組合せがイノベーションを起こす 《エルダー 2012.12》

企業が競争を生き抜くにはイノベーションが必要である。イノベーションとは、新しい技術や仕組みを生み出すことであり、一般的には、若年層や壮年期の人によって担われると考えられている。しかし、組合せ方を変えることもイノベーションの一形態であり、その分野で高齢者が活躍できる範囲は広い。
イノベーションの出発点は、私たちが感じている問題や不自由さである。「何かうまくいかない」とか、「もう少しこうなったらいいのに」、といった感覚から、新しい製品やサービスが生まれてくる。高齢者が増えてくると、これまでは問題にならなかったことが問題になる。それにいち早く気づくのは高齢者自身である。それゆえ、従業員の中に変化に気づく人、すなわち高齢者がいないと、企業はイノベーションの種を見逃してしまうことになる。
不自由さに気づいたら、それへの解決策を考え出すチームを作る。若年層、中堅層、そして高齢層を混合して編成することが不可欠である。高齢者は、長い職業生活の中で蓄えてきた情報が豊富である。若年層や中堅層は新しい技術を知っている。これら年齢の異なる層が議論することで、新たな知の創造が起こる。例えば、高齢者にとって当たり前のことが若手には理解できない場合がある。そんなとき、高齢者は、若手にわかってもらえるように説明を試みる。言葉を選び、具体例を示しながら言葉を綴る。すると、そこから新たな発見が生まれる。読者の方々にもご経験があるのではないだろうか。誰かに説明するために話していると、自分自身の考えが整理され、物事の新たな側面に気づくことが…。
高齢者の持つ知識や経験が単独で生きることは少ないと考えられる。でも、そこに別の情報を組み合わせることで、世の中にはなかった新しいものが生まれてくる可能性がある。例えば、プロジェクトチームの中に海外駐在経験が豊富な高齢者を加えると、議論の幅が広がる。日本のことしか知らない若手や中堅とは異なる視点を提供できるはずである。
このようにして、高齢社会の不自由さをいち早く解決する財・サービスを生み出すことができれば、これから高齢化する他の国々に売ることができる。65歳以上人口が全人口の4分の1を超えるような社会は、私たちにとって未知の領域であり、不安になるのは当然である。しかし、他国も同じように高齢化しているいま、大きなビジネスチャンスにあふれていると考えることもできる。
(法政大学経営大学院 イノベーション・マネジメント研究科教授 藤村博之)

【事例】 「現場力」の継承に向けた対策・工夫 《平成28年 採石業》

教える側の立場にある72歳の従業員は、どちらかというと職人気質のマイペースな人で、決して教え方がうまいとは言えないことから、社長などを交え、話し合い、打ち合わせという形をとるなど、経験とノウハウの継承の方法について工夫しています。

【事例】 日々のコミュニケーション 《平成28年 採石業》

1日の作業の終わりには、全員が集まってプラントや重機の清掃をしたり、プラントの修理なども全従業員が集まって行うなど、全従業員が集まって一つの作業や対応をすることにしています。年齢に関係なく、全従業員が一つのことに対応することで、不具合に対するベテラン従業員の解決方法などが自然と若い従業員に伝わっていきます。

対策2.高齢者の技をマニュアル化する

【事例】 フローチャート作成により業務の流れを「見える化」 《平成26年 ホテル業》

フロントのチェックインやチェックアウト、宿泊予約業務のフローチャートを作成することで、細かい業務(お客様が並ぶ→お客様が目の前に来る→部屋番号を訊く→パソコンに入力する等)の流れを「見える化」しました。ここには、業務マニュアルには書かれていない高年齢従業員の「技」も含まれており、業務を進めるにあたっての現場での工夫がわかるようになっています。

【事例】 作業マニュアルの要約版を現場教育で活用 《平成26年 漬物製造業》

分量の多い作業マニュアルの要約版(以下、要約版)を作成し、これをラミネート加工し、作業場で見られるように機械のそばに置いています。要約版とは、作業の手順や作業上の注意点などについて、写真を使って誰にでも簡単にわかるようにしたものです。要約版では、「ここの工程は約10分かかるので、その間に次の工程で使用するタンクを洗浄しておく」などのように、作業を効率的に進めるための“コツ”なども明記されています。要約版があることで、不慣れな人でも手順に抜けが起きることなく確実に作業を進めることができます。また、「教える側と教えられる側が一緒に要約版を見ながら教えていくことで、意思疎通が進む」というように、教育の効果を高めることにもメリットを感じています。

【事例】 サービスの質の向上 《平成28年 ブライダル業》

当社の高齢従業員は比較的自由な時間が多く、考える時間も増えるため、新しいことに気づき、新しいサービスの提案を行うようなケースもあります。
定例会業務を担当していた高齢従業員は、参加者一人ひとりの名前と顔、特性(何が好きか、コーヒーに砂糖は入れるかなどの嗜好)を記憶しており、手書きのメモにして現場で共有したり、会場の入り口付近でお客様の顔と名前を従業員に教える姿もありました。今では、手書きのメモはデータ化して共有されており、現場のサービスの質の向上につながっています。

対策3.高齢者に技能伝承の方法を学ばせる

【事例】 技術・技能伝承の目標管理 《平成26年 鍛造業》

若年従業員への技術・技能伝承を担当しているベテラン従業員には、この技術をこのレベルまで教えてほしい、と伝承目標を具体的に明示して若年従業員の成長支援を依頼しています。そのおかげで若年従業員は現在OJTの中で順調に成長しています。

【事例】 中高年技術者の講師養成 《平成26年 組込みシステム業》

当社では中高年の技術者を新人研修における座学や技術研修の講師にしています。講師は会社が適正や資質をみて選抜し、事前に講師養成研修を社外の研修機関で約1ヶ月間受講させています。講師のなかには管理職経験者もいますが、役職よりも適正や資質が重要であるとの考え方から、役職経験は講師になるための条件にはしていません。

【提言】 育成の上手な高齢者の特徴 《平成26年 漬物製造業》

若年者の育成の方法がわからないという悩みを抱えている高齢者は少なくありません。漬物製造業の様々な職場で、後輩の育成が上手だと評価されている高齢者の方々に、教え方のコツをたずね、その共通点をまとめました。

育成を行う上での姿勢と流れ

【事例】 技術顧問による職場リーダーに対する指導 《平成25年 鋳造業》

高校卒業生の定期採用を始めてから10年を超え、彼らはすでに職場のリーダーに育っていますが、これからは技術面についても教える側に回ってもらいたいと考えています。そのための対策として同業他社を引退した人に技術顧問をお願いして、定期的に指導に来てもらっています。

【提言】 技能継承を受ける若手社員のレベルに応じて指導方法を変更 《平成25年 鋳造業》

高度な技能の継承には、マニュアル化しにくい経験等(暗黙知)の伝達が必要となりますので、OFF-JT(Off The Job Training:仕事の場を離れての教育訓練)では習得しにくいため、OJT(On The Job Training:仕事を通じての教育訓練)を通じて習得するのが効果的です。  高齢者の保有する技能を継承するには、まず継承すべき技能や具体的な技能の保有者、また、継承のための方法とスケジュールを定める必要があります。例えば、若年層に対して技能の継承が必要な業務と継承できる技能の保有者を洗い出し、該当する技能の保有者を若手とペアにして、OJTにより技能の継承を行うことが考えられます。その際、下図のように事業場別に継承の対象となる技能の洗い出しを行うための継承ツールを準備すると効果的です。  さらに技能継承の実施にあたっては、技能継承を受ける若手社員のレベルによって、高齢者の指導方法を変えることが考えられます。例えば、標準的ないしそれ以下の若手社員に対し、標準以上の技能を教える場合には、実際の作業からは外れて、若手社員の背後からいろいろ指導することになります。一方、標準的以上の技能を保有する若手社員を育成する場合には、実際に作業を行いながら、若手社員に対して指導をすることになります。

技能継承ツール

【事例】 スキルマップを利用した技能継承手法 《平成20年 染色整理業》

技能継承を円滑に進めるため、スキルマップを応用した技能継承法を工夫しています。スキルマップの表は縦欄に対象者名を、横欄に作業名を並べています。各欄には記号と数値で対象者毎に年齢と経験年数、さらにスキル到達度を判定、記入します。このスキルマップを見れば、チーム全体や個人別の技能習熟度、並びに多能工化の進捗度合いも一目瞭然です。すなわち、熟練技能者の退職に伴う技能消滅防止という観点から、後輩に対する仕事の配分の見直しや配置転換など、各自のスキルレベルを確認しながら、技能養成に必要な施策を行うことができます。また、工場内に、本図を貼り出すことで、「技能の見える化」が図られ、高齢者の指導に対する意欲、従業員の士気向上も期待できます。

スキルマップを利用した技能継承手法

【提言】 「教える」ためのスキルやコツを学ぶ機会を提供する 《平成26年 ホテル業》

技術やノウハウを後進に伝承する際には、わかりやすく「教える」必要があります。伝承をスムーズに行うために、高年齢従業員に対して「教える」ためのスキルやコツを学ぶ機会を提供すると効果的です。

教えるときのコツ

対策4.高齢者自身も新たな能力を身につける

【事例】 対人スキルや営業力向上のために各種勉強会等への参加 《平成25年 造園工事業》

教育訓練の一環として、顧客満足度が高いことで評判の工務店の勉強会や研修に参加させています。現場周辺への挨拶や気配り、現場での整理整頓、職人のマナーなど、対顧客ノウハウを吸収することで、現場での評価の向上と将来的な営業につながると考えています。特に個人宅が顧客に多い当社では、作業の始まりと終わり、周辺住宅への挨拶や気配りが次の仕事につながる営業活動であることから、作業員に対する教育は重要であると考えています。

【事例】 各種資格取得の奨励 《平成25年 造園工事業》

造園技能士や造園施工管理技士の取得を会社として奨励しており、資格取得のための講習は出勤扱いで実費を支給し、合格者には資格手当を支給しています。

【事例】 業界未経験者に対する環境変化へのフォロー 《平成24年 学習塾業》

業界の風土や塾の生徒である子供の行動や意識は絶えず変化しており、過去の経験だけを頼りにしている人は、長く貢献し続けることはできません。当塾で働く中高年講師の経験によれば、昔の子供たちは、先生から頭をなでて褒められることは非常に嬉しいことでした。ところが最近の子供達はそのようなスキンシップを嫌がり、時にはセクハラと言われることもあります。また、中高年になってから学習塾業界で働き始めた人は、塾業界の風土や慣習、常識といった者の認識が不十分であることがしばしばあります。学習塾で円滑に働く事ができるよう、特に新たに働き始める中高年の方々には、事前に十分な説明が必要です。

【事例】 感性を磨き続けることが若さの秘訣 《平成21年 専門店業》

メガネの販売は、「検眼」「フレーム・レンズ選び」「加工」「フィッティング」といった一連の流れからなる仕事です。今の仕事を続けていく上で「感性」が大切です。気力や体力があっても感性が衰えたらこの仕事はできません。そのため、年齢に関わらずいろいろなものを見たり聞いたりすること、情報収集の間口を広げ、視野を広げることが大切であると考えています。

【事例】 高齢者雇用に関連する研修メニューの考案 《平成28年 ブライダル業》

当社では、高齢従業員に限らず、全従業員に対して、自己研鑽に関する情報提供と支援を行っています。人材育成を担当する部署が、通信教育の小冊子を作成して情報提供するとともに、受講後には受講料の補助も行っています。これらは、高齢従業員も支援の対象になっています。
また当社は、高齢従業員を対象にしたヒアリング等を通じて、研修メニューに対するニーズも把握しています。再雇用に向けて、何か特別な研修をするわけではありませんが、自己啓発や自己研鑽の意識づけをするとともに、その機会を会社として提供しています。
さらに、高齢従業員が気持ちよく働けるような職場環境づくりについても検討しており、そのための研修メニューも考案しています。